郷愁ホラーという言葉がピッタリ。恩田陸の妖しい小説から溢れる引力には毎度感動します。まさしく「記憶の作家」です。本作は、街中に水路が張り巡らされた箭納倉(やなくら)という九州の街を舞台に、街で起こる不可解な失踪事件の謎を追う物語です。
こちらの本は図書室のお客様からおすすめしていただいて知ったのですが、そのお客様は舞台のモデルにもなった九州・柳川にまで実際に旅行してしまったとお話ししてくださいました。気になって私も読んでみると、ものの数ページでこの街に郷愁を感じてしまい、実際にその水路を辿ってみたくなりました。その場所に行ってみたくなるホラー小説って珍しいですね。
堀を彩る柳の木々、晴れているのに重い青空。
雨に濡れたアスファルトと、群生する紫陽花、並ぶ平屋建ての家屋ーー。特色の薄い日本的な風景をこうも甘美に妖艶に、しかし気怠く描写できるのかと思わず舌を巻く文章の美しさ。
そして、水路に気配を潜ませる「人ならざるもの」への恐怖。圧倒的な質量で迫る絶望と、それに愚舞する人間。
なす術のなさは恐怖か、それとも安心か。
鮮烈な描写は身体的な侵食を錯覚させます。
夏の夜にぜひおすすめしたい一冊。
中心となる人物4人による会話劇の濃厚さも推しポイントです。