「月に一度、わたしの夫は恋人に会いにいく。」
この一文から始まるこの物語は、ありえないほど切なく綺麗で儚い恋愛でした。暁美と櫂。それぞれ似ているようで異なる家庭環境に置かれ、“島”という閉鎖的な環境で育った二人は、潮騒のような青春でした。互いに譲れないもの守らなければならないもの、そして“愛”がありました。ただ、大きすぎたその潮騒は、相手の心までを波蝕し、引き離してしまいました。“愛”の形は、インスタントなものではなくステレオタイプになりがちですが、人それぞれなはずです。ただ、それを好きな人にまで押し付けてはいけず、互いの妥協点を見つけていくことがもしかしたら“付き合う”ということなのかもしれません。海淵を彷徨った二人、想い続けたまま新たな段階へ踏み出していきます。櫂と暁美は、ひょっとすると小説としての「キャラ」は弱いかもしれません。ただ、だからこそ二人の感情が澄み、私たち読者は入り込んでいけるところがある。島出身ではない人も誰もみんな、自らと重ねてしまう部分があるのではないでしょうか。
「潮騒」から始まった物語は「夕凪」へ辿り着きます。波風が静まったから終わりではないはずです。ずっとずっと好きだった人が頭のどこかにいる。そんな状態は、決して別の伴侶ができても、皆にあることだと思います。その人の全てを抱えて生きることなんて不可能ですから、今目の前にいる人を大事にすることがいちばんです。