秋山菜々子は、神奈川で看護師をしながら一人息子の航太郎を育てていた。
少年野球のシニアリーグで活躍する航太郎が選んだ高校は大阪の新興校だった。甲子園常連校を倒すため、息子と共に拠点を移す菜々子。
不慣れな土地での暮らし、厳しい父母会の掟、寮ぐらし激痩せしていく息子…果たして夢は叶うのか!?
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こうあらすじを読むと、なんだか日曜ドラマみたいな熱血ものです。物語冒頭、母親である菜々子は甲子園のスタンドから「伝令」としてマウンドに向かう航太郎の背中を眺めています。そこから振り返るようにはじまる、特別でもなんでもないただの一人息子と一人親のありふれた生活の物語です。
私は、中学高校とテニス部に所属していたのですが大きな結果を出すこともありませんでした。親としてそんな子どもを眺めた時どんな気持ちを持つのか。決してこれまで知ることのできなかったその気持ちが、これ以上ないくらいにわかってしまいました。
この「アルプス席の母」に感じる凄みは、圧倒的な普通・現実感でしょう。まるでテレビで「熱闘甲子園(補欠特集回)」を見ているような心地を、完全なるフィクションで実現している。感覚的な話ですが、この家族が実際に存在していないという事実が今の自分にとってはあり得ないのです。
父母会の厳しい掟や上下関係に頭を悩ませる菜々子。圧力に屈したり反対に腹を括ったりしても、上の学年が引退してしまえばあっさりと話は片付いてしまう。わざわざ一緒に大阪まで引っ越したというのに息子はずっと補欠のまま。寮から部のレギュラーを家に連れてきたと思ったら、補欠としてムードメーカーに徹している。ちょっと現実すぎやしませんか。恐ろしい。生活というのは一期一会と一喜一憂の連続。なんだかあっという間に時間は過ぎる。
気づけば最後の甲子園。息子は「伝令」としてマウンドへ…。
著者・早坂さんの物語作りの秀逸さに舌を巻いてしまう後半の展開。リアリティを纏い躍動する母と一人息子の群像劇。最後にはまるで自分も「アルプス席」にいるような気がして、書影を眺めていたら少し涙を流してしまいました。
2025年本屋大賞2位。より多くの人に素直に読んでほしい作品です。