愛とか恋とか優しさなら/一穂ミチ
森の図書室

愛とか恋とか優しさなら/一穂ミチ

2025.07.08

「魔が差す」とはどういうことか。
そんなことを考える時、私が真っ先に思い浮かぶのは「魍魎の匣/京極夏彦」でした。そんな人間の、ブラックボックス的な部分について描いた作品として、本書はとても目新しく感じるものでした。

『プロポーズの翌日、恋人が盗撮で捕まった。』
誰かが犯罪者になった時、その人の近くにいる家族・恋人・知人はどのような葛藤に揉まれるのか。盗撮をして捕まり不起訴になったものの「盗撮犯」というレッテルを持つようになった啓久。その婚約者である主人公・新夏の視点で、その波紋の広がりが描かれていきます。

「なぜ彼は盗撮をしたのか」という問いに、この物語は答えません。いや、答えないのでなく答えられないというのが正しいのでしょう。
人の脳・行動には説明のつかないブラックボックスが確かに存在し、それを取り巻く外側の人々に注意深く視点を向けたのが本書です。
特筆すべきは犯罪の加害者/被害者を「当事者」という枠に閉じ込めず、あくまで「犯罪」という出来事に翻弄される1人の人間として
描いている点だと思います。

あなたは、自分のすべての行動に理由を、説明をつけることができますか。そしてその説明通りに、本当にあなたは常に動いているでしょうか。どんなに精密なパソコンにもバグが生じるように、人間にも全く予想のつかないエラーが発生することがある。
どんな人にも常に隣に「魔が差す」恐怖が存在していることを本書は見つめ直します。
そして、そんなコントロール不可能な現象を、それでも少しでもコントロールするためにはどのような社会・仕組み・努力が存在するべきなのか。
単純な因果に則るわけでなく、複雑に存在する「人間」を実直に描いた、リアルの潜んだ作品です。

あと一穂ミチさん本当に文章上手い。
ずっと飲んでられる毒かい。

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