「たまらなくなって私はさえぎった。この人はどうしてこんなに善良なんだろう。心の中で、黙って、と頼んだのだけれど、睦月にはきこえなかったらしい」
「何を怒ってるの、と睦月は訊いた。どんなことにも原因と結果がある、と睦月はじている」
男性の恋人がいる夫、睦月とアルコール依存症の笑子。世間の 「普通」ではないかもしれない二人だけど、確かな愛情でお互いを受け入れあっている日常が美しく感じられました。
江國香織さんの作品は、「冷静と情熱のあいだ」を読んでから久しぶりに手に取りました。この本も、夫と、夫の恋人と、両親と、友人との距離感や投げられた言葉によって揺れるほんの少しの心の機微が丁寧に掬い取られていました。
「多様な家族の形」という言葉を目にするようになった昨今ですが、この作品が30年前に刊行されていたということに驚かされます。
江國さんのあとがきにある、
「普段からじゅうぶん気をつけてはいるのですが、それでもふいに。人を好きになってしまうことがあります。」という言葉にも胸を掴まれました。この小説を「ごく基本的な恋愛小説」と江國さんが表現されているところに全てが込められているような気がします。
私の心にもきらきらひかる一冊です。