本と鍵の季節/米澤穂信
森の図書室

本と鍵の季節/米澤穂信

2025.07.01

米澤穂信ファンなら誰もが耳にしたことがあるかと思いますが彼の描く日常ミステリと言えば、やはりその「ほろ苦さ」が一番の特徴でしょう。
しかし、この「ほろ苦さ」という言葉をどうにか別の形で言語化したい気もします。

補助線を引くとするなら、「世界は複雑である」というのがキーワードではないでしょうか。

たとえば、「日常の謎」を扱う彼の作品においては(氷菓シリーズなど)、警察がほとんど登場することがありません。なぜなら明確な悪や悪人を描くことを、この「日常の謎」というジャンルでは扱わないからです。彼のミステリが取り上げる事件・不可解な出来事の中には、明確な悪もいなければ、SF的、超自然的な現象も起きません。

米澤穂信の描く「日常の謎」が提示するのは、至って普通の環境、社会、人間、つまりは「普通の世界」に立ち上る事象たち。しかしそれらは見方を変えれば、こんなにも不可解な謎として現れる。それは「現実は小説より奇なり」という言葉があるように、自然なこと、現実的に避けようのないことを「世界は複雑である」という真実に従って描いている、ということでもあります。

一方、私たち日本人はどうしてかこの「世界は複雑である」ということに、少しの安らぎを覚える感性があります。
これは、私たちが自然災害に翻弄される日本の風土の中で、諸行無常に慣れ親しみ、偶然性に身を委ねる受動的感性を培ったからのように思います。世界は複雑で、どうしようもなく、やりきれない。だけど、私たちはその事実に安心してしまうのです。

米澤穂信のミステリがただの「苦さ」でなく「ほろ苦さ」として受け入れられるのは、事件のやりきれなさや虚しさの中に、一抹の安心感を感じてしまうから、なのかもしれません。

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