宮下奈都さんの作品としては本屋大賞にもなった『羊と鋼の森』が最も有名でしょう。『よろこびの歌』は合唱をテーマにして、音楽を奏でることの根源的な動機を描いた作品です。
「専門的な勉強をしていなければ通じないのなら、誰のための音楽だろう」
著名なヴァイオリニストの娘で、声楽を志す主人公・御木元玲は、音大附属高校の受験に失敗し、新設女子高の普通科に進みます。
コンプレックスから抜け出せない玲でしたが校内合唱コンクールを機に、頑なだった玲の心に変化が生まれます。
夢敗れた人間の、一筋の復活を描いた物語です。ただ、ここで描かれる復活は「リベンジしてやる!」という風な反骨ではありません。
音楽や芸術に、優劣はあるのでしょうか。あったとして、それは誇れるものでしょうか。美しいものでしょうか。
大衆でなく一人の個人として、私たちは何を大切にするべきなのか。玲とクラスメイトたちの群像劇は、人の自然な心の在り処を示してくれたように思います。
表現の舞台にまで侵蝕する競争社会は、否定されるべきものではないでしょう。
しかし人が立ち直り前を向いて生きていくときに大事なのは、競争心でなく、人と人とが心を通わせようとする、ごく普通のエネルギーなのかもしれません。